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『境界知のダイナミズム』 [☆☆]

・世間にはバリアがあるのだ。バリアを見出してしまった瞬間、私は自分がマイノリティの側にいることに気づくのである。

・日常の中から「おやっ?」と思う違和を見つけ出し、うまく他者へと提供することができれば、それは新しい芸術となりうる。

・「知能」とは心理学用語で「環境に適応する能力」のことを指す。

・便利とは能力を失うことだ。私たちの生活は豊かになり、文明の利器が周りに溢れるようになった。しかしそれに慣れるのは、自分の手で生活をかたちづくってゆく能力をなくしてしまうことなのだ。

・「ほら、あれ、何だっけ、知っているはずなんだけれど……」という感覚を意味する feeling of knowing(FOK、既知感)。

・プロフェッショナルは多くの情報を一気に受容し、そこから必要な部分だけを切り出す技能に長けているのだ。

・看護職のような専門職は、その職業的アイデンティティがその人のアイデンティティと結びついてしまいがちだ。そのため仕事上の人間関係のトラブルがアイデンティティの揺らぎをもたらし、それが異和感となってその人を悩ます。

・質的研究者はストーリーの語り手である。データ収集や分析は系統的で、理論的に発展させるが、書き手は明瞭なストーリーラインをもったストーリーのかたちで知見や検討したことを示す。

・「ノスタルジー」とは「故郷 nostos」に焦がれて感じる「切なさ algos」の謂れである。

・知識を持つことで、以前はなんとも思わなかったことに対して違和感を覚えるようになる。

・知識を持つことは、人々の見方や印象を変える力を持っており、世界の内と外の間の境界を明確化させることを通して、違和感を生み出すことがある。

・「レミニセンス・バンプ」という現象があるが、これは壮年者や高齢者が、自らの経験した過去の出来事(自伝的記憶)を思い出す際に、青年期に経験した出来事を他の年代に経験した出来事よりもよく覚えているという現象である。

・違和感を覚えた出来事は、既知のカテゴリーに入れることができない出来事である場合が多く、新しいカテゴリーを形成させる機会となる。そのように考えると、違和感を覚えることは、新しい世界を形作るきっかけになり、世界を知るためのスキルであるとも考えられる。

・「考える」という機能が脳にあるのは事実である。しかし、私たちはさまざまな問題解決の場面で意思決定するとき、無意識のうちに、身体で同時に起こっている微細な変化を活かしている。

・身体に異変が起きたことを感知することは、生体の維持にとって最も重要なことであるが、異変というレベルに達しないような微細な変動は「揺らぎ」として無視する機能も同時に重要である。

・集団の中で生きてゆく能力を身につけられなければ、その人は仕事にあぶれて、自立することが困難になる。集団の中では他者と協調する能力も大切だが、ときには人をおしのけて自分を優位に置くための知能も欠かせない。

・男と女では考え方に違いがあるのに、つい自分の感覚で異性のしぐさや発言を復号化(デコード)してしまうため、揉め事が起こりやすいのだ。

・ロボットやCGアートの世界に「不気味の谷」(the uncanny valley)と呼ばれる仮説がある。細部まで人間そっくりにつくり込んでいっても、決して人間そのものには見えない。それどころかつくり込めばつくり込むほど、実際の人間との差異が際立ってしまう。

・いくら頭の中でイメージしていたことでも、自分の目で確かめてみるのでは印象がまったく違う。

・終身雇用では、同じ会社で働き続けるのだから、社内の人間関係やその会社で使われている機器の取り扱い方など、「その組織で有効となる知識・技能を身につけよう」とし、どこに行っても役立つような「一般的・普遍的能力や知識の獲得は二の次でいい」というように思考・行動する。

・訓練生は「pitch for airspeed,power for altitude (ピッチは飛行速度、パワーは高度)」と教えられる。高度をわずかに上げたいとき、ふつうに考えれば機首(ピッチ)を上げればよいと思いがちだ。しかし飛行のロジックはそうではない。スロットルレバーを少しずつ押し込み、エンジンパワーを強めてゆくのである。すると機体はそのままの状態で徐々に高度を上げてゆくのだ。では飛行速度をわずかに落としたいときはどうするか。これも通常の感覚ならスロットルを絞るのだと思いがちだが、正解はピッチを上げることである。機体が仰向くことで、速度メーターがゆるゆると左へ傾いていく。二次元世界の常識とは完全に逆だ。

・なぜそのように操縦するのかをまずはロジックで理解し、次いで反復することでそのロジックを体得するわけだ。三次元の世界へと自分の常識をつくり変えてゆくのである。

・私たちが思い出す「質感」は記憶のタグであるから、知覚そのものではない。

・自分が世間と合わないことを知っている。しかしそのことに悲観も憤慨もしていない。周囲を観察し、誠実に自らの気持ちを手短な言葉で伝えることはするが、積極的におこなうというわけでもない。

・違和を感じること、居心地の悪さを覚えることは、すなわち「そこにいてはだめだ」という身体からのメッセージである。行動を起こせという無意識からのサインである。

・信頼と安心の区別ができていなければ、人はリスク社会に対応してゆけない。

・いちいちすべての可能性を考慮して、疑ってばかりいると、「フレーム問題」に陥って、何もできなくなってしまうだろう。私たちはさまざまなものを信頼することで、無数になりかねない可能性を絞りこみ、思考を省力化している。

・日本の山奥の共同体(ムラ社会)を想起してみよう。誰かが悪さをしたらすぐに皆にばれてしまうような社会では、あえて泥棒をしようとする者もいないはずだ。ムラの人々がみんな家の玄関に鍵をかけないのは、他人を「信頼」しているからではなく、不確実性の少ない「安心社会」に暮らしているからなのである。

・共感がどちらかというと受身的で「共鳴」的な状態であるのに対し、感情移入の方は積極的に相手の感情へ自らを一致させてゆく能力や力、というニュアンスが読み取れる。

・迅速かつ的確な行動と判断が求められる現場では、いちいち感情に押し流されている暇はない。生死に関わる重要な場面でも、性能のよいロボットに徹することによって乗り越えられる。

・看護師は「共感的理解」によって患者に向き合うことが求められるが、そのために相手の感情に巻き込まれ、共感疲労になることもある。

・看護職者のあり方において、患者の「気持ちを汲む」のはエンパシーだろう。患者と笑いのタイミングが合うなどの相互交流はシンパシーとして捉えるべきである。そしてときに患者の感情に「巻き込まれて」しまうのは、シンパシーの度合いが極端に強まってしまうからだろう。シンパシーとエンパシーのあり方をうまく自覚し、使い分ける能力が必要だ。

・労働の中から人々は経験を重ねることによって「知」を獲得し、習熟してゆくわけだが、その「知」はなかなか若い世代に受け継がれず、同じような悩みが繰り返されることになる。

・イメージトレーニングが重要だという話はよく聞くが、実際の体験をある程度重ねないことにはイメージしようがない。

・過去の過酷な体験によるトラウマは、人の心に痛みをもたらす。このような痛みを克服するには、自らのトラウマ体験から逃れるのではなくきちんと向かい合い、解釈をして、それを信頼できる人に物語るという行為が有効であることが、すでに多くの研究から指摘されている。

・痛みに耐えてトラウマ体験を克服するための心のあり方として次の5つのCを示した。
Communication:ストレス対処のためのよい情報を得ること。
Control:自分はセルフコントロールできている、物事を予測できている、という気持ちを持つこと。
Conviction:よい結果が出るという信念、希望を持ち続けること。
Conscience:正しい良心を持ち、間違った自責感を捨てること。
Compassion:思いやりの気持ちを持ち、他者を助けることで自らの心を癒すこと。

・悩んでいるときにあれこれ反芻するのは、事態を悪化させるだけだ。しかし、悲しみについて書き、報告することは、長期的に見れば極めて建設的な効果をもたらす。

・書くことは、ひとつには抑制されたストレスを解放させるカタルシスの意味もあるだろうが、むしろ否定的な出来事から物語を作り上げ、そこに意味を見出すことが効果をもたらす。

・「良いことをすれば良い人間になる」という、半ば自明のことだ。もし私たちが自分の適応的無意識のどこかを変えたいとしたら、そうなりたい人のように意識的に振る舞ってみるのが良いきっかけになる。

・小さな一歩一歩が大きな変化を導くことがある。そして、誰もが、こうなりたいと思う人のように振る舞う能力を持っているのだ。

・人はおおむねロボットである。スクリーンの主人公が泣けば、人は映画館で自動的に涙を流してしまうだろう。その働きを「共感」と呼んで、自分は優れた感受性の持ち主だと錯覚することもある。

・future work:これまで達成された知見をもとに、論文の末尾に明示しておく今後の課題のこと。



境界知のダイナミズム (フォーラム共通知をひらく)

境界知のダイナミズム (フォーラム共通知をひらく)

  • 作者: 瀬名 秀明
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2006/12/15
  • メディア: 単行本



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