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『不幸は人生の財産』 [☆☆]

・人道主義を標榜してみせる人たちが、現実にはそれには係わろうとしないのである。自分たちも楽しめるイベントをやるなら参加する。しかし現実問題として、金も労力もほとんど出さない。

・貧困とはその日食べるものがないことだ。それ以外の、家が狭い、自動車が買えない、高校や大学に行く金がない、などということは世界的レベルで貧困の部類に入らない。

・自分の権利は大声で要求するが、他人を助けるために自分が損をすることは許せない。それは国家社会の負うべき責任で、個人がすることではない、とはっきり言う人もいる。

・霞が関では相変わらず、「できない理由を素早く言える秀才」が居座っている。

・今の若者たちは、規則がないと動けない。規則を嫌うくせに、独自の考え方は怖くてできない。

・人と同じ行動に走ることも、お祭り騒ぎに似た楽しさや、流行に遅れなかったという安心はあるだろう。

・心の中では許していなくても、言葉や態度だけは親切にした方がいい。そのくらいの嘘がつけない人間は少なくとも大人ではない。

・沈黙を守っていては、自分が敗者か脱落者になるかもしれない、と危ぶむ人物が、正義を名分に陰湿な告発をする。

・正義の衣をまとったものの多くは、一皮剥けば告げ口である。

・私たちは子供の頃、おとぎ話を絵本で読んだ。大人になると、重い筋の小説や、身近な人の境遇に心を動かされて成長した。今は大人が一生子供用の絵本を読み続けて終わる時代になったので、未熟な人間がたくさんできた。

・個人的な背景は一切聞いてはいけないのが、今の社会の規則なのだという。しかし面接というものは、そういうことを聞くための機会なのだ。言いたくなければ、適当に嘘をつけばいい。その嘘の力を「試験官」たちは評価する。

・鶏のブロイラーは、ほんの生後4、50日で出荷できるようになると聞いて驚いた。菜っ葉よりも早く商品になるのだ。

・マスコミは無残な実情を報道することも、人を褒めることも嫌いなようだから、日本人は裏方の苦労も知らず、自国に自信も持たない。

・国家国旗に対して起立しない教員というのは、悪い意味で、「世界の物知らず」なのである。

・災害の後というものは、とかく予定通りことが運ばないものだから、かっこいいことを言ってはいけないのである。

・老人や障害者が、シャワーだけでいいと納得すれば、介護者はどれほど楽になるかしれない。湯船に入ろうと思うから、個人の家では入浴が難しくなり、介護の手がかかることになる。

・「いい人」をやっていると、後でうんと面倒くさいことに巻き込まれる。それが嫌なので、私はもうとっくの昔に、他人をすぐに信じない、普通の人になることにしたのである。

・はっきりしているのは、民主主義も電気によって守られていることだ。電気のない国で民主主義を完成し、継続している国は世界中に一国もない。

・最善ではなく賢く次善を選ぶことに我々は馴れなくてはならない。

・いまだに老人には、老後は趣味で遊んでいてもいい、もう何年も働いてきたのだから、そろそろ楽をしてもいい年齢だ、という甘い考えがある。

・食べること、排泄すること、着替えなどの身の回りに必要なことを、何とか自分なりに工夫してこそ人間だ。それを早々と放棄する無気力な老人が今や公害になっている。

・老人教育で最も必要なことは、接していて常に楽しい老人になれ、ということだろう。老人はいつも明るく感謝をして、身ぎれいでなければならない。暗い表情で、自分の病気の話と、身内の悪口しか話題がない老人の傍には、誰も近寄りたくないのが当然、ということを、改めて教える必要もありそうだ。

・日本の妻たちの90パーセントは、どんなに夫と仲がよくても、夫が留守になると嬉しくてたまらない。しかしほとんどの外国では、そうでないらしい。

・皆と同じ方向に曲がるというのは、流行を追って、自分もついでにいいことにありつこうとするさもしい計算の結果だ。

・この小さな事件を、みじめな記憶だと私は思わなかったようだ。そうだ。やってみれば一人で何とか生きられることも多いのだ、という輝かしい小さな勲章と受け取ったのだろう。

・女性の秘書に「知ってる? 君たち、花は植物の生殖器なんだよ。それにほほずりするなんて気味悪くないか?」などと嫌がらせを言って顔をしかめられていた。

・漢方の世界には、自分で自分の体の声を聴くということが含まれていた。「或る薬を飲んで、翌朝起きた時、ああ、あの薬をまた飲もう! と楽しく思うのは体に合っているんです。でも、嫌だなあ、またあの薬飲まなきゃならないのか、と思うのは、薬が体に合っていない証拠だからやめた方がいい」

・仏頂面をして生きるのと、とにかく表面だけでもにこにこして暮らすのと、どちらが無難かという選択だけはできるようになったのである。

・認知症が増えたのは、年寄りがまず自分で料理をしなくなったからだろう、と私は思う。それでいてぼけ防止のために、塗り絵をする、パズルを解く、新聞の社説を書き写すなどと甘やかしたドリルをさせる。

・絶対になくされたくなかったら、自分で持って歩くほかはない。なくされる可能性を恐れることが管理技術の第一歩である。

・ことに排水がきちんと行われている国はアフリカではほとんどない。水道そのものも始終断水するが、もともとその地区では何人の使用者がいて、どれだけの水を使うかも計算できていないのである。

・最もおかしかった工事は、窓の網戸が、ごく一部だけ張ってあった病室があったことだ。つまり網戸を張った職人は、網戸を張るのは蚊を防ぐためであるという目的がほとんど認識できず、網戸の網というものは何のためかよくわからないが、一部に張っておけばいいのだ、と勘違いしたようである。

・しかし本当に貧しい人の中には、感謝を示す方法を知らない無表情な人もいた。

・地方出身者は決して田舎者ではないが、自分の村のことにしか興味がないという精神構造の人は「田舎者」だ。

・日本のタレントは、静かに事件の報道をするという姿勢も薄くて、「わあ、すごい!」「きれい!」「おいしい!」とカン高い声を出すが、これもかなり異常な特徴だ。すごいとか、きれいとかということは、視聴者が番組を見て思う結果であって、報道する側が先に言うことではない。

・わかり切ったことを無知の故にいちいち聞き返してみせ、下らないことに驚いてみせる幼稚なキャスターは、今や日本の特産になった観がある。

・人間の一生は何かを犠牲にしなければ、たった一つのことさえ達成できない、という残酷な事実である。

・ただ彼女のしゃべる言葉が、私には90パーセント聞き取れない。他に出てくる人たちの話はそうでもないところを見ると、「他の土地の出身者にもよくわかるように」他者を意識した喋り方をする配慮には全く欠けた人のようだ。

・どこにも立派な大人のような少年がいる、ということは事実だ。大人のような、というのは、受けることばかり期待しないで、むしろ「与えることに喜びを見出す」精神を指す。

・あばら骨が出るようになっているのが「マラスムス」と呼ばれるカロリー不足の症状で、蛋白質不足から痩せずに浮腫を来たすのが「クワシオコル」と呼ぶ栄養失調の状態である。全く違う外見なので、私は初めのうちは浮腫を肥満と間違えていた。

・政治的発言をする人は「日本はひどい格差社会だ」などと、全く外国を知らない無知な宣伝を繰り返すのである。

・人は何かをすれば、95パーセントはうまく行っても、5パーセントくらいは問題点を残している。それがごく普通の状態だ。何もかも、いわば100点満点のような状態でうまく行っているように見える時は、必ず何か裏がある。相手に巧妙に騙されているか、報告者に目がないかどちらかなのである。

・汚物処理の画期的方法の発明以前に、難しい点があるとも思う。それは世界の貧しい地方にあまねく普及している泥棒である。自然以外の、人工的な物が設置されれば、それらはすぐ盗まれる。電線、水槽、土管、針金、レール、トタン板、ホース、支柱、あらゆるものは盗みの対象だ。





不幸は人生の財産

不幸は人生の財産

  • 作者: 曽野 綾子
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2013/02/21
  • メディア: 単行本



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