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『読書の価値』 [☆☆]

・このときの感想文は、こんなふうに書けば先生が喜ぶだろうな、と考えて書いたもので、その通りになったのが面白かった。

・電波というものなら知っているが、それは電波という名称を知っているだけで、具体的に何なのか、どういった現象なのか、誰も答えられないのだ。

・本を読めば、そんな「人類の知識」が得られるのだ。学校でも教えてくれない。大人も先生も知らない。それでも、世の中の誰かは知っていて、それを本に書いているのだ、と思い知ったのである。

・文章を読んでも、本当の意味は理解できない。むしろその逆だといえる。意味が理解できたとき、初めて文章が読めたことになるのだ。

・海外ドラマは、もともと知らない世界だから、「そんなものなのか」と許容できる。日本のドラマでは、同じレベルであっても、「ありえない」作り物に見えてしまうのだ。

・大学生になると、専門の講義を受けることができる。これは、ほとんど本を読むのと同じ感覚だった。本を読めばわかることを、先生が直接教えてくれる、というだけだ。

・中学や高校までの勉強は、結局は、本を読めるようになる基礎的な知識を得るためのものだったのだ。

・ある意味で、小説よりも漫画の方が人を選ぶといえる。小説ならば、読者が自分の好みのまま想像すれば良いが、漫画ではそうはいかない。

・どういうわけか、数学者の伝記はわりと多く出回っている。たぶん、それならば一般人にも理解できるからだろう。

・本選びは、友達を選ぶ感覚に近いものだと思える。誰か面白そうな奴はいないか、あいつと少し話してみよう、といった感覚だ。

・重要なことは、どこを撮るか、何を撮るか、という「着眼」なのである。ここを撮りなさい、あれをここから撮りなさい、と言われて撮っていたら、もうあなたの写真ではなくなる。

・試験や審査ではないのだから、その場で評価を決めてしまうのではなく、すべて保留しておく。それが教養というものである。

・発想には効率というものが通用しない。しかし、宝くじよりは確率がうんと高い。当たれば大きい。

・人気のあるものに手を出していては投資にならない。当たっても大勢でシェアすることになり、効率が悪い。

・問題を解決することは、院生レベルでもできる。一流の研究者というのは、問題を見つける人のことなのである。

・不特定多数が読んでもわかる文章になっているかどうかをチェックする。それが、文章の最終的な目標だからだ。

・文章力を高めるには、とにかくまず書くこと。数を書くこと。毎日何千文字か文章を書き続けること。そして、それを見直すこと。

・ルールが大事なのではない。余計なことで迷わない環境が大事なのだ。

・ついつい効果を狙って余分な強調をしがちであるが、それらを削ぎ落した方が、文章が引き立つことも多い。残った言葉に重みが出てくるからだ。これは、おしゃべりな人の言葉より、無口な人の言葉に重みがあるのにも似ているだろう。

・芸術作品に触れたときの感動は、それを真似てみたい、自分も同じことをやってみたい、という方向へ昇華する傾向が基本的にあるようだ。

・「感想文」という名称ではあるけれど、ようするに「読書報告書」みたいなものを書かせているのだ。

・評価するのなら、その才能を使って新たな創作をした方が良い。その方が生産的だ。

・文章を書く技法も、デッサンや絵具の使い方も、それほど高等な作業とはいえない。現に、それらはコンピュータやAIが簡単に実現してしまう。問題は、どこに着眼するか、という最初の選択、最初の思考、最初の発想なのである。

・世界の大部分の人々は、今もその本来の「本」を手に取れる環境にない。おそらく、彼らは電子書籍で初めて「本」を知ることになるだろう。

・おそらく、AIが作品を書くようになっても、それを隠し、人間の作家を装うだろう。



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