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『森心地の日々』 [☆☆]

・マスコミはまだ、「若者は、革新的だ」と信じているようですね。これが既に古い。「欧米のように個人の自由にすべきだ」というような意見は、むしろ年寄りに多い。

・理系の専門用語が頻出することを「理系」の証のように取り上げる方がいますが、「頭語」で判断しようとする点が、いかにも「文系」です。

・AMは、信号を電波の振幅に変えて送ります。FMは、信号を電波の周波数に変えて送るのです。光でいうと、AMは光の強弱、FMは光の色の変化です。

・本というのは、文庫が最終形であり、文庫が完成された作品として、のちのちまで残るのです。

・かつては、マイナだったものが、わりとメジャとなっています。実は、すべてがマイナになってきているので、比較的メジャに見えるというだけですね。

・数字を知ることは、差の変化に気づくことであり、差の変化は、力によって起こります。この道理を、よく理解すると、あらゆることの本質が見えてくるものです。

・大きい動物は4本脚ですが、小さくなると6本とか、それ以上になります。小さい動物にとっては、地面の凸凹が相対的に大きくなるためです。

・頭脳というのは、このように未来を予測し、そのとおりの現実を観測することで興奮する傾向があります。

・ぐれてしまったり、非行に走るような子供は、周囲の人間を恐がっているのだと思います。動物は例外なく、恐いから吠える、恐いから攻撃的になります。

・血液中に酸素が泡になって紛れ込んでいるわけではなく、ヘモグロビンと結合しているので、このヘモグロビンの能力100%のことを「飽和」としているわけです。それに対する比率が「飽和度」です。

・怒りは感情なので、そうなるのはしかたがなく、自然の反応かもしれません。でも、それを口に出さないのが理性というものでしょう。

・なにか1つのマイナス要因で、その人を全否定するか、それとも部分否定するか。前者が感情的な判定であり、後者が理性的な判定です。

・「気をつけましょう」という精神論で社会は解決したがるのですが、もともと気をつけられない人が一部にいるし、「気をつけよう」というマナーを持っている人でも、酔っぱらったときに気をつけられるか、という問題があることは、誰でも知っているはずです。

・正義のためならば許される、と考えることの危険性を、歴史から学びたいものです。テロも無差別殺人も、本人にとっての「正義」が動機だからです。「正しい」とは、その程度のものなのです。

・誤解というのは、誤解したいからするものです。自分の願望を入れ込んで妄想する、ということだと思います。妄想が出来上がって、その人の真実になったあとに否定するよりは、最初にずばり断った方が良い場合もある。

・正しいかどうかよりも、現状を客観的に見ること、お互いの利害、あるいは力関係がすべてです。正しいことを主張しても、むこうはむこうの正しさで反論するだけです。

・下品な人物を、国会議員にしてしまった人たちに責任があって、その責任を取る意味でも、辞めさせようとしているのでしょうね、たぶん。



森心地の日々

森心地の日々

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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