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『イギリス風殺人事件の愉しみ方』 [☆☆]

・公開処刑場で画家は押し寄せる大群衆を描写するのが常であり、絞首刑者を描くのは実に稀であった。

・卓越した傑作(殺人)が専門家(殺人者)によって制作されているのだから、それに応じて批評も質を向上すべきである、と世人が期待しても当然なのだ。

・「殺人を芸術作品」として見立てると、まずジャーナリストが注目し、やがて舞台化が進み、殺人現場を訪れるツーリズムをも惹起し、人々の記憶に深く宿り、最後は探偵小説を胚胎するまでになっていく。

・写真なき時代にあって、有名人とりわけ王室関係者がどのような人間であるかを知りたいという欲望こそが蝋人形に秘められた衝動であり、また一方では、身体、内臓を蝋で製作し、教授しようとする動きが医療関係者の間から生じて来ていたのである。

・歴史家は過去を自分が生きている時代に引きつけてことごとく語るものだ。

・見上げている顔という顔には残忍な歓喜、愚鈍さしか認められず名状しがたい不快さを漂わせていた。ただ人間という概観をまとっているだけの輩がいるだけ。

・事件は潤色され、脚色化されていく。いつの世も変わらぬジャーナリズムの常として、残忍な事件の描写を事細かに反芻しつつ、表向きは犯罪の弾劾という道徳的意義を編集者は強調した。

・他の専門家とは違い、法廷が要求する「証拠」と医学が根拠にする「証拠」が異なることをテイラーは熟知していた。「法に基づく法廷では、砒素が存在していて死亡原因になっているか否かのみが求められる」とテイラーは指摘し、「そこに蒼鉛(ビスマス)や鉛が混入されていて化学的にいかに興味深いものであっても、法医学には無関係なのである」とまで看破している。

・医者が道を違えると、すぐさま犯罪人へ変貌してしまう。度胸と知識を持ち合わせているからだ。

・賃金を求めて労働にいそしむような女性を、ミドルクラスの男性が妻に選ぶなどありえない。だから私たち女性は選択肢が皆無で、家庭内で単調な仕事を繰り返すのみ。つまり永遠に無為の時間が続き、それでいてほとんど見返りがない。

・天と地ほども身分が違う二人が出会い得る場は公道以外にはありえず、そこは社会格差を無化する場であった。

・シャーロック・ホームズの物語は法医学の普及、専門家に多大な寄与をしているのである。

・現代の殺人ミステリーは、退廃的な時代に咲いた倒錯した愛情、暴力の証だと捉えられているが、そうではなく混沌とした激動の時代にありながら、逆に秩序を志向する人間本能の発露ではないのかと考えたい。

・ポワロのように社会の傍観者であったとしても、けっして追随者ではなかった。

・恋人を持つのは孤独でわびしいことにほかならない。他の友人との関係は断ち切られてしまうので、恋人だけを糧に生きていかなくてはならない。

・情緒的に不安定極まる世の中で、完全無欠の知性こそが唯一安定した価値となりうる。

・ロンドンでは人間望めばどのようにもなれるし、また何でもできよう。だが、村で生まれたら永劫不変である――牧師、風琴奏者、掃除人、侯爵の子息、医者の娘として、チェスの駒のごとく正方形枠内でただ動くだけだ。

・スリラーと推理小説はどこを強調するかによる。両小説とも事件が起きるのだが、スリラーにおいては、読者が「次には何が起こるのだろうか?」と問いかける一方、推理小説では「いったい何が起こったのだろうか?」と問いかけてくる。後者では、作者が暗示さえ与えれば推測が可能となるが、前者においては推理すら不可能である。

・政治に直接的関心を持っていない一般人は、世界で起きているさまざまな争いを、個々の人間の単純な物語に置きかえた作品を読みたいと願っている。



イギリス風殺人事件の愉しみ方

イギリス風殺人事件の愉しみ方

  • 作者: ルーシー・ワースリー
  • 出版社/メーカー: エヌティティ出版
  • 発売日: 2015/12/18
  • メディア: 単行本



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