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『ブラック・スワン降臨』 [☆☆]

・敵の敵は味方だ――。この箴言に従えば、パキスタンが一貫して主敵と見なしてきたのはインドである。そのインドと国境紛争を抱えて険しく対立してきた中国は、パキスタンにとってかけがえのない友邦ということになる。

・グアンタナモ米海軍基地はキューバ政府からの租借地であるため、アメリカの国内法は適用されない。そこは戦争捕虜に関するジュネーブ条約も、アメリカの国内法も及ばない「法の空白地帯」だった。

・グアンタナモ基地を新たに訪れる度に、囚われの人の島は収容者の単なる容れものから、外の世界から遮断して情報を搾り取る巨大な「情報生産工場」に変貌していった。

・アフガニスタンを連想させる「AF」という外交官の車のナンバー。だが、実は同盟国、日本大使館のナンバーなのである。

・冷戦の時代、兵器関連の情報を提供してくれるソビエト連邦の情報源は「ボール」と呼ばれていた。そして何々ボールと呼ばれる情報源がいくつも生まれ、アフメドはそうした系譜を継ぐ者として、BNDの尋問官たちから「カーブボール」というコードネームを冠せられたのだった。

・記者たちは皆、防護服をまとって号令から九秒以内にマスクを着け終えることを義務付けられたのだった。いまから考えれば、ペンタゴンの巧みな対メディア心理戦だったのかもしれない。国防総省担当の記者たちにこうした訓練を課すことで、彼の地には生物・化学兵器があることをいやがうえにも確信させる効果は絶大だった。

・いまの日本には奇妙な幻想がひとり歩きを始めている。政治指導者は確かな情報さえ手にすれば、誤りなき判断を下すことができる――と。

・現代の日米同盟はつまるところ、朝鮮半島の有事と台湾海峡の有事というふたつの戦争に備えた安全保障の盟約だ。

・「六ヵ国協議」の創設は、アメリカが北朝鮮に対して軍事力の行使を考えていないことを窺わせる確かな拠り所になったのだろう。皮肉なことに、北の独裁者は安んじて核兵器の開発に手を染めていった。

・鳩山政権の発足前後から、民主党は複数の密使を送って北朝鮮側と交渉させていたことが明らかになった。両者が会った舞台は北京の北朝鮮大使館。対等な外交折衝では、相手国の大使館を使うことなどありえない。だが毎月のように、相手の懐で密談が重ねられていた。

・鳩山政権は、日米同盟を迷走させ、結果的に中国の影響力を増大させたことにあまりに無自覚だった。

・日米同盟の奥深くには、共通の脅威に対する抑止だけでなく、日本の軍事大国化を阻む対日抑止の意図が埋め込まれている。

・眼前の懸案を手を携えて解決する力を内に秘めていない同盟はやがて衰退していく。

・大国が互いにしのぎを削る冷徹な世界にあっては、力を持つ者こそが正義なのである。力を持たない者は自分の存在そのものが悪だと決めつけられないよう振る舞うのが精々のところなのだ。

・現代の国際政治も、薄っぺらな建前を一枚一枚剥がしていくと、そこに拡がっているのはリシュリュー卿が喝破した光景である。真に力を備えた者が差配する世界にあって、力の背景なき外交を理想主義のそれと錯覚する者は愚か者の誹りを免れまい。

・東アジアに有事が持ち上がった時、アメリカは同盟国日本を守るために、軍事力の行使に訴えるに違いない、とアジアの関係国は考えているはずだ。北朝鮮や中国にそう悟らせておくことが日本の安全保障にとって上策である。

・「四島即時一括返還」のタテマエを鸚鵡返しに唱えている。そうしておけば、誰からも非難されることがないからだ。そのような公式の見解を繰り返しても、現状を打開する糸口すらつかめないことを当局者はよく分かっている。にもかかわらず保身のためにぬるま湯から出ようとしない。

・歯舞、色丹、国後、択捉の北方四島の帰属を、敢えて曖昧なままにしておくことで、日本の世論がソビエト連邦を敵視するよう仕向ける――日ソの離間策として使われたのが北方四島だった。

・愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。愚か者は手痛い経験を味わって初めて教訓を学びとり、賢明な者は歴史の襞に分け入って忍び寄る危機に対処する術を学ぶという。

・イギリスの情報局にとっては、ウクライナと中国を地下水脈で結ぶルートは、最重要の監視対象となっているのである。

・ウクライナは、ソビエト連邦の崩壊でロシアから分離独立を果たしたのだが、「旧ソビエトの兵器廠」といわれたこの国は、核兵器だけでなく航空機やミサイルの製造技術を受け継いだ。

・「日本政府が示した避難指示の基準に照らしてアメリカのそれは厳しすぎる」 日本の政府関係者から寄せられた苦言にも、アメリカ側は頑として譲ろうとしなかった。事態の深刻さを現地の部隊から寄せられる生のデータで把握していたからだった。

・現代日本のリーダーたちは、マイクロ・マネージメントに逃げ込み、重箱の隅をつつくばかりだった。些細な実務や小さな決定に手を出してはならない。国家の命運を左右する局面での決断に持てる全てを注いで、淡々と結果責任を担ってみせる――危機の指導者の取るべき鉄則から最も遠くにいたのが、経済大国ニッポンの指導者だった。

・情報とは命じて集まるものではなく、リーダーの力量で磁石のように吸い寄せるものだ。

・山本五十六司令官は、自ら連合艦隊の旗艦、戦艦大和に座乗して出撃していった。そしてアメリカの機動部隊をいち早く発見して痛打を浴びせようと、前方に、前方にと競りだしていった。その結果、主力の空母機動部隊とは十分な連絡が取れなくなってしまう。このため最高指揮官たる山本五十六司令長官は、戦闘海域の全体状況を的確につかめず、決断に欠かせない重要情報を得て采配を振るうことができなかった。

・情報とはいくら命じても蒐ってくるものではない。自らの信望ゆえに提供されるものなのである。



ブラック・スワン降臨―9・11‐3・11インテリジェンス十年戦争

ブラック・スワン降臨―9・11‐3・11インテリジェンス十年戦争

  • 作者: 手嶋 龍一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/12
  • メディア: 単行本



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