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『キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる』 [☆☆]

・「人間にとっての究極の使命は、美をつくりだし、その美にかこまれて生きることだ」というのはナバホの教え。

・つくる人がいなければ、もちろん誰かに見いだされることもない。でも見いだされなければ、つくるものはけっして誰にも知られない。

・プロじゃない人たちが、つくり手になる時代になってきているのです。これはどんな世界でも同じ。そしてインターネットが普及して、「プロじゃない人」の表現や発信はますます増えていて、そういう人たちのつくったものが認められるということが世界中で起きている。

・かつて情報は大河の奔流のようにマスコミという川を流れていました。そのころは、情報がどこをどう流れているのかはみんなの目にしっかりと見えていました。流れていく情報は少なかったけれども、「みんなが読んでいる・見ている」という意味でパイプは凄く太かったのです。

・「大衆」と呼ばれるような膨大な数の人々に対してまとめてドカーンと情報を投げ込み、みんなそれに釣られてモノを買ったり映画を観たり音楽を聴いたり、というような消費行動は2000年代以降、もう成り立たなくなってきています。

・日本の映画・テレビ業界は、こういうケースが実に多い。タレントの知名度中心で世界がまわっていて、コンテンツそのものははっきりいって「オマケ」扱いぐらいのようなものです。要するにコンテンツの質よりも、「どんなタレントが出ているか」「どのぐらい宣伝にカネをかけたか」「どのぐらい有名な賞を獲ったか」といったコンテンツのパッケージの方がずっと重視されているということです。

・自宅では観ることさえできなかった映画を気軽にいつでも観られるようになったのですから、80年代のレンタルビデオのインパクトはそれはもう凄かった。でも、単にメディアがカセットからディスクに替わっただけのDVDにそれと同じインパクトを求めたのはそもそも無理がありました。

・記号消費というのは、商品そのものではなく、商品が持っている社会的価値(記号)を消費するということ。

・ベンツを買う人の多くは、クルマとしてのベンツを買い求めているのではなく、社会的ステータスとしてのベンツを購入するわけで、これが記号消費です。

・たとえ、それが彼を犯罪者として追及する、否定的なまなざしであったとしても、まなざしに捉えられている方が、透明な存在でいるよりは、つまり無視されているよりはましなのである。

・モノと自分を重ね合わせるようなことを可能にするためには、そのモノの持っている記号としての価値を社会全体で共有するような基盤が存在しなければなりません。そしてこの記号価値の共有は、マスメディアに情報が一元化されることによって成り立っていました。

・音楽配信のiTunesには、アフィリエイト広告機能があります。つまり自分のブログか何かで楽曲を紹介して、その楽曲を誰かが購入してくれると数パーセントの広告代金がブログの書き手にアップルから支払われる。

・「若者の○○離れ」が最近のメディアの若者批判の常套手段となっていますが、記号消費がなくなって所有への興味が薄れ、つながりを大事にする文化になってくれば、従来の大量消費文化の文脈で語られていたような消費動向が変化していくのは当然のことです。

・「草食」などと侮蔑的に新たな生活文化を非難している人たちは、実は自分たちの方こそが爛れた大量消費社会のなれの果てなのです。

・客の側も「オレは客でござい」と威張るのではなく、あるじが何を考え、どのような趣向を見せようとしているのかを言葉にせずに察して、それに共鳴してふるまうような「客ぶり」が求められる。

・プロの画家ではなく、教育を受けていなかったり、あるいは精神に障害のある人や宗教的啓示を受けた人などが、その時代の美術理論や流行とはいっさい無縁のところで純粋な創作意欲によってつくった作品。それがアウトサイダーアートと呼ばれています。

・一次情報を取材して書くという行為の価値はインターネット時代に入ってもなくなるわけではありません。しかしそうした一次取材を行うジャーナリストと同じぐらいに、すでにある膨大な情報を仕分けして、それらの情報が持つ意味を読者にわかりやすく提示できるジャーナリストの価値も高まってきている。

・みんなが同じ新聞を取り、同じテレビ番組を見て、同じテレビCMを見て同じ商品を購入することで、たったひとつのメディア空間の中に国民全員がくるまれ、そしてそれが暗黙的な相互理解のいしずえになっていた。

・日本語の出版コンテンツでも、マンガは文字数が少ないことから翻訳が普通の書籍ほどには手間がかからず、海外に輸出しやすいコンテンツであり、電子書籍の時代になってもビッグビジネスとして注目され続けています。

・もはや同じ国に住んでいるからといって、同じ文化圏域と同じ価値観を共有できるとは誰も考えていません。

・週刊誌では政治記事も、ゴシップのようにして取り上げられます。記事はだから政策論争なんかには踏み込まず、興味本位でしかない。



キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)

キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)

  • 作者: 佐々木 俊尚
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2011/02/09
  • メディア: 新書



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