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『フルーツポンチ村上健志の俳句修行』 [☆☆]

・やらないまま傍観し「自分には特別な感性がある」という思いを打ち崩されることなく、「やればできる」という言葉をお守りにし続けることが僕の習性だった。

・見える色が一つ増えた。

・自分の俳句がスイッチとなり、そこにいる人たちの想像や考察が膨らんでいくことが嬉しかった。

・知り合いに、中学3年生までに習った言葉だけで句作を心がけていると言っていた俳人がいます。

・うまいだけだな。うまいけど、だからどうしたのって感じ。

・ちょっとだけ不幸なことは自慢になる。

・偶然性がおもしろいことを作るのもめちゃくちゃ分かるんですけど、偶然性がすごいものを生むっていうのはにせものだと思っちゃうんですよ。偶然性に逃げているって。

・どうしても本当の思いをつらつら書くと、愚痴や悪口や拒絶が本音っぽく見えちゃうじゃないですか。俳句とか短歌とか、オリジナルのラブソングを作るのでもいいんだけど、創作である程度自分から切り離されたものを作るのは、すごく健康的だと思います。

・河童や地底人、宇宙人などが存在するという前提で詠む、もしくはそれらの目線に立って詠むことが求められます。

・詩を生み出す要諦は比喩・誇張・錯覚である!

・それまでアニメを見たり映画を見たり、インプットする趣味ばかりだったので「アウトプットの趣味がほしい」と思っていた。

・本を読んだり人の会話を聞いていて、「そのワードふつうに知ってたけど最近使ってなかったわ」とか出てくるじゃないですか。

・すでにある句を想像した上で、その句の5秒前と3時間前と12時間後の句を書いてください。

・手紙って、読む人がいてこその手紙ですよね。なので短歌も読む人がいる、読む人に届けるという気持ちで、常に言葉を選んでいる。

・「どういう人が好き?」って女性に聞いたとき、「優しい」とか「おもしろい」って言うじゃないですか。それは好きなことを持続させるための条件だろうな、って僕は思うんです。「好きになっちゃった人が優しかったらうれしい」感覚というか。

・ミュージシャンがモテるように、短歌や俳句がうまいとモテる世界であってほしいんです。平安時代に生まれたかったですね。

・自分はもう社会には含まずに、全然違う場所から俯瞰で人間社会みてるやん。「社会を物語として、自分が傍観してる」っていう意識がすごいあって。



フルーツポンチ村上健志の俳句修行

フルーツポンチ村上健志の俳句修行

  • 作者: 村上健志
  • 出版社/メーカー: 春陽堂書店
  • 発売日: 2021/04/01
  • メディア: 単行本



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