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『人事破壊 新しい日本人よ、こんにちは』 [☆]

・上司が忙しい人を褒めれば、サラリーマンはたちまち忙しいフリをすることに精を出すし、上役が「自分は部下よりも賢明だ」と思いたがっていると見抜けば下は一斉に暗愚のマネを始める。

・相変わらず70歳前後の人がトップに坐り、中高年社員だけ競争原理を強要して「実力が無い者は出ていけ」と言ったのは、あまりに都合がよすぎる。

・希少価値のものをサッと出せる人がいつも一番偉いというのが人間社会。だから他が有り余っていて、資本だけが足りなかった時に生まれたのが資本主義である。

・花王石鹸の社名の由来は「顔も洗える石鹸→顔石鹸」をもじって「花王」とつけたのである。それまで日本の石鹸は手足には使えるが粗悪で顔は洗えなかった。しかしわが社の石鹸は顔も洗える、舶来品に負けませんという意味だった。

・中進国とは、資本は不足だが人は余っていて、市場はハングリー、技術や制度は真似をすればなんとかなる段階の国のこと。

・形から入るか心から入るかというのは、いつも人間にとって切実な問いである。

・人間は、差が激しい時代が長く続くと、平等にしたとき喜んで働く。ところが平等が長く続くと、残念ながら今度は差が欲しくなる。それが人間の本性だと思う。それを忘れて、単純に平等礼賛論とか差別礼賛論をしてはいけない。

・工場長の大事な仕事は利益を上げることで、従業員と融和するのはその仕事の一部にすぎない。

・公務員の採用を半減して給料を二倍にしてはどうか。そうした上で天下りは禁止というのがよいと思う。

・三倍働く気はないのに三倍ボーナスを取っている同僚を見ると不公平だと騒ぐ。

・銀行界では、難しい勉強をたくさんしたけど一生使うチャンスが無かったという人がたくさんいる。毎日の仕事といえば、地域のお客さんに名刺を何百枚も配って顔を覚えて仲良くなって預金をもらうことだ。

・ゼネラリストとは何かというのを、日本では「広く浅く知っていて、仕事をさばくのが上手な人」というくらいの意味に使うが、欧米では「何十種類の専門に通じていて、決して騙されない人」という意味で使う。

・正社員を多くしすぎたから、将来、全社を背負って立つべき人まで、その他大勢の心境で人生をスタートしている。

・差があるところに努力があり、進歩がある。それから差のつけ方が透明で公正なところに、世間の信用が集まる。

・国立大学の教授、労働省の官僚、大新聞社の論説委員、そういう人たちはピョンピョン会社をかわる人は可哀相だと勝手に決めつけている。自分に比べて「なんと不幸な人」だと思っているらしい。

・安月給なら、どこでもすぐに雇ってくれる。だから次の心配をして夜眠れない人は、今の月給はとりすぎだと思いなさい。

・今は不景気で、学生は「一流企業が採用してくれない」と言う。しかし、こんな不景気な時でも採用している会社なら、たとえ今は二流でも三流でも、そこは成長の可能性が高いところかもしれない。それなのに、固定観念に囚われて志望を下げようとしないからいけないのだと思う。

・社長に呼ばれて、社長直々に「行ってこい」と言われたことが嬉しいのである。それをスルメみたいに何度も心の中でしゃぶっているとは、会社人間になりきっていない人から見れば、背筋の寒くなる光景である。

・会社人間というのは上役から見て使いやすい人間である。

・先端分野に関しては、ほとんどの上役に勤務評定能力が無いから、ただ叱るだけになる。

・マニュアル通りの答えに騙されて採用する会社なら、たとえ今は大会社でも行く末が心配というものだ。

・会社は一人採用したら、生涯賃金二億円以上を払うことになる。だから「この男に、二億円の値打ちがあるかどうか」という目で調べている。

・これまで日本は大量生産の時代、大企業の時代、アメリカ模倣の時代だったから、大組織を結成して型通りのことを能率よく達成していく人が「人材」だった。

・古い体質の会社を何とかリストラしようなんて、そんなことを言っているあいだに自分がさっさと辞めて新会社を作った方がよっぽどいい。

・もう家を買ってはいけない。借金すれば返せなくなる。というのは、これからは給料は下がるし、土地の資産価値も下がるからである。だから借家にいた方が得である。

・日本人の土地への愛着というけれど、もともと家を買うかどうかという程度の話を民族性や国民性の議論にまで持ち上げるのが大袈裟である。

・冷戦が終わって、中国人が12億人、東欧と旧ソ連が4億人、合わせて16億人がわれわれの市場経済の仲間になった。彼らが安い賃金でモノを作るから、製造原価が激しく下がっていく。

・今の日本には、消費主導という新しい状況が現れた。これは今までの経済学では想定していなかった状況で、未来の生産品目は消費者が決めるという時代である。

・日本人はアジア製でも十分使えると言っているが、先方では反対の現象がある。中国でも上海の人は高級消費に敏感である。化粧品でも電気製品でも、同じ会社の同じブランドなのに、日本工場製を瞬間に見分けてアジア工場製と区別して有難がる。この信用と魅力を維持しつづけることが、これからの日本の課題であると思う。

・マスコミでは「デフレ時代は商品の値段を下げなきゃいけない。厳しい価格競争の時代だ」という説教をする人がいるが、それは一周遅れた世界の議論というもので、正解は──そういう値段が下がるような商品にもう携わってはいけない、それよりも値段の上がる商品を開発しなければならない。それは先端産業であり、サービス業である。

・日本製品の高品質自慢の中には、日本の生活水準が低くて今のアフリカのように何回も繰り返し使っていた過去の時代の名残があるように思える。

・才能が無い人の下で「一丸」となるのは同じレベルの人だけかもしれない。

・人事の一番の落とし穴は、自分の使いやすい人を選んでしまうことである。自分が使いやすいということは、だいたい自分より能力の無い人である。だから使いやすい人ばかり採っていると、能力の無い人の山脈ができてしまう。

・文化や生活の魅力、それをどんどん開発して売るというのが、これからの日本産業の道である。それに外国の人が勝手に憧れて、自然に売れてしまうのである。

・だいたい雇用関係が一生続いたら奴隷ではないか。それを喜ぶとはどういうことなのだろう。

・サービス産業や文化産業は、「人間の魅力」を中心としてできあがっている。どれだけ資本を積んでみても、どれだけ立派なオフィスを建ててみても、最新鋭のハイテクを導入してみても、問題はその中にいる人間のセンスであり、アイディアであり、能力である。

・江戸文化というのは、浮世絵、読み本、絵草紙など、独特の成果を持っている。しかも面白いのは、上の方の知識人は全部シナ文化崇拝だったからそれらを低く見ていたが、江戸時代が終わってみると結局サブカルチャーの方が本当の日本文化だということになった。中国の真似をしていた江戸漢詩とか文人画はその後二束三文になってしまったが、当時は職人や町人が買っていた浮世絵が、今はオークションに出ると一枚二億円を超えたりする。

・育成されて喜ぶとか、確保されて喜ぶという人は、これから基礎科学をつくっていく才能ある人間とは違う。それは普通の会社の使いやすい普通の社員である。

・明治時代には、人材という言葉の後は「発掘」とか「登用」という言葉を続けた。すでにあるものを掘り出すだけで、向こうは初めからダイヤモンドである。育成などとはおこがましい。登用は「そういう人のためなら、自分が辞める」という意味である。しかし「人材育成・人材確保」はその反対で、「自分はますます居座って頑張る」という意味である。

・学者は賢いだけでもできる。実行力は要らない。人を動かす能力も要らない。自分の頭は自分で動かせばいいし、都合が悪くなれば言い訳も効く。

・政府や官僚がすべきは潰れそうな会社を潰さないことではなく、潰れた会社の人たちが困らない程度の福祉を整えることだと思う。市場経済に口を挟んでもらっては、かえって活力が失われるのである。

・大企業では毎年数百名を採用するが、それでは人数が多すぎて仲間意識は育たない。顔も覚えられない人同士が助け合うはずはなく、「仲間的待遇」は要求するが「仲間的奉仕」はしないという困った人間集団ができ上がった。

・高能力の専門家集団はいわば「移動性高気圧」で、それを持っている会社が強い。



人事破壊―新しい日本よ、こんにちは

人事破壊―新しい日本よ、こんにちは

  • 作者: 日下 公人
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  • 発売日: 1994/08
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